左官工事

土壁

土壁の効果

土壁は高温多湿な日本に適した断熱性をもち、豊かな表現旅行をもつエコ建材

バリエーション豊かな左官

壁工事の乾式化が一般的になった現在、左官が必要な場面といえば、タイル張りや玄関の土間打ち、ブロック積みぐらいしか思い浮かばない人も多いだろう。しかし、左官は元来、多くのバリエーションをもつ工法だ。漆喰壁、土壁、じゅらく壁、なまこ壁など、そのあり方は変化に富んでいる。
左官は、芸術表現にも用いられる。伊豆の長八美術館で有名な鏝絵などの漆喰彫刻は芸術の域に達しており、職人の確かな技術を感じさせる。

 

土壁の主役は自然素材

代表的な左官壁は、漆喰壁と土壁だ。漆喰壁は次の項目に譲り、ここでは土壁を紹介する。
土壁の主材料は土と水であり、それに藁スサに砂、ツノマタなどの海草糊が加えられる。土は粘性が高いほど固まりやすいが、その分ひび割れも起こりやすくなるので、砂やスサを入れてこてえ収縮を調整する。かつて土壁の下地は、柱に通貫を差し込み、木舞(小舞)を掻く(竹をわら縄やシュロ縄で格子状に組んでいく)工法が一般的だった。今では、室内の塗り壁はラスボード、壁はメタルラスにセメントモルタル下地を用いる工法が一般的だ。

土壁の特徴

元来、土壁は断熱材の役割を果たし、夏を涼しく、冬を暖かくする。また、呼吸する素材なので、高温多湿な日本の気候にマッチしている。機能性はとても高い。
また、自由なテクスチュアの表現が可能で、製作者の工夫が生かされやすい。後出の押さえ仕上げ、櫛引き、洗出しなど、表現技術も多様だ。
廃棄時には自然に還るため、環境負荷が少ない。今求められている、エコ素材としての側面も備えている。シックハウス症候群の増加や自然素材志向の高まりなどにより、土壁が今再び脚光を浴びてきている。

左官壁(土壁)の効果

土壁 

メリット
・断熱材としての役割も果たすため、夏涼しく冬暖かい
・呼吸する素材であるため、調湿作用がある
・人間に害のない素材で、無害。ホルムアルデヒドの心配なし
・廃棄時に自然へ還る
・バリエーションに富み、デザイン性が高い(じゅらく壁、なまこ壁、櫛引き、洗出し、など)

漆喰

芸術としての鏝絵

鏝絵(こてえ)とは、漆喰につくられたレリーフのこと。壁塗りが本業である左官職人が、仕事道具である鰻を使って描く。寺社への奉納として描かれたものや、豪商が富の象徴として蔵や床の間などに描かせたもの、あるいは職人の仕事のお礼で描いたものなどがある。
有名なのは、江戸時代末期に活躍した入江長人だ。彼をはじめとする確かな腕と表現力を持つ左官職人が、日本各地に数々の銭絵を残した。近年では、鏝絵が芸術として評価されつつある。
また、鏝絵は明治以降の近代建築にも影響を与えている。国会議事堂、明治生命館などにも鏝絵の装飾が施されている。

長八美術館

国会議事堂・明治生命館

土を左官に使う

木と相性の良い土。調達には、左官材料業者や職人を頼る

土の調達の難しさ

土を左官に使う場合、理想をいえば、裏山から原料を採取するところから行いたい。原土となる美しい泥や粘土を探し、精製し調合する。荒壁ならば、砂を混ぜ込み成熟を待ち、塗り上げていく。しかし、これを実際に行うのはとても難しい。家を一軒分塗れる土を精製するのに、原土はその倍以上も必要になる。たくさんの小石などガラを処分し、原土を破砕して、何種類ものふるいで落とす。これだけのことを仕事で行うと、非常に高価な材料になってしまう。現実的には、意欲的に自己精製している左官材料業者や、土の研究に熱心な左官職人を地場で見つけておきたい。土の調達については、彼らに頼ることがポイントだ。

仕上げ土について

関西エリアには、比較的有名な土が多い。淡路(兵庫)、本聚楽、稲荷山、桃山(京都)、江州白土(滋賀)などのほかに、各地の左官材料業者が自己精製した土などが入手できる。
桂離宮の赤い壁は、大阪土と呼ばれる土で塗られている。鉄錆色を用いるときは、京錆土などが安定供給可能だ。三木市(兵庫)でも鉄錆色の土が入手でき、総じて大阪土と呼ばれる。色や風合いなどの好みには、個人差がある。木と土は違和感なく調和し、とても相性がよい。左官の技が素材同士の融合を取り持ち、ハーモニーを醸し出す。

施工上の注意点

大壁のように大きな面積に施工した場合、クラックが発生することがある。しかし、構造が原因のクラックでなければ性能上の問題はないので、建築主に十分な説明をして納得してもらうようにしたい。
土壁の施工は、漆喰壁に比べると押さえる工程が少なく、塗りながら調整することができない。そのため、土壁の経験がある熟練した職人に施工してもらうとよいだろう。

左官用の土のつくり方

土の採取・粉砕 土の固まりをスコップなどで砕いておく
ふるいにかける 荒いふるいを使って石などを分ける
細かく砕く 専用の機械を使って砕く
さらにふるいにかける より目の細いふるいを使う
最後のふるいにかける ていねいに目の細いふるいでふるう
完成 色土はいろいろな用途に使える

荒壁漆喰仕上げ

加古川の土を使った土壁
ミジンすさで風合いを出した真壁の土壁

荒壁漆喰仕上げ

丹波の土を使った土壁
和室の壁を土壁で仕上げている

荒壁漆喰仕上げ

三木の土を使った土壁
大壁の土壁を施工した例

骨材・つなぎの使い方

正しい手順を踏んで施工する。特徴の異なる3つの左官を使い分けたい

左官に配合する骨材・つなぎ

左官は、土に粘土、砂、藁スサ、糊、水を調合している。荒壁、中塗り、上塗りによって配合度合いは異なる。

荒壁

荒壁は、強度のある粘土と藁スサを練り、半月から数ヵ月ほど寝かせ藁スサの腐食を促し、粘度を高める。藁は荒壁のつなぎや割れ防止の役割を果たし、施工前に再度混ぜ込む。変わったところだと、解体した家屋の荒壁を再び練り、荒壁材料として再利用にする手法もある。

中塗り

中塗りは粘土をブレンドし、砂・藁スサを入れる。粘土は、乾燥すると硬化し、形状を保とうとするが、乾燥時に大きく収縮しひび割れする。それを緩和させるために、砂や藁スサを混入させる。また、砂はできるだけ川砂を使いたい。

上塗り

上塗りには、色土、砂、藁スサ、糊を練り合わせて調合する。これらには割れや収縮を緩和し、また上塗り材を着色する効果がある。
漆喰も上塗り材であり、消石灰、砂、微塵スサや紙スサを混ぜ水練りしたものだ。消石灰が空気中の二酸化炭素と反応し、硬化し続ける。土壁に比較すると緻密で強度に優れる。耐水性も高く、外壁などにも使用はできる。ただし、割れ防止の工夫を施し、水に強いとはいえ雨掛りにも留意する必要がある。

上塗り材に用いる糊は、現在ではセルロース系の化学糊が一般的だ。ただし、自然材料にこだわるのであれば、布海苔やツノマタ(角叉)を乾燥させたものを煮漉(しゃろく)して抽出した分を使いたい。施工現場では、ほのかに海藻の香りが漂っているはずだ。

骨材やつなぎを混ぜる

荒壁土に藁を練り込んでいる作業
足を使って混ぜるのがとても効果的だ

川砂

モルタルなどよく使われる骨材。海砂などに比べて希少なため高価。粒度をふるい分けて使う

中塗り藁スサ

中塗り用の藁スサ、稲藁を3cm以下に多い。やや細かめのものは仕上げにも使える

微塵スサ

藁の灰汁を抜き、長さ3mm以下に切断した稲藁をよくほぐした後、節の部分を除去粉砕しふるいにかけたもの

ツノマタ(角叉)

ツノマタ糊の原料であるツノマタ。ツノマタとは、紅藻類の総称である

土壁をつくる

法改正や時代の流れで、熟練を要する小舞壁の見直しが進む

時流に乗った小舞壁

これまでの下地壁は、石膏ボードやパネルなど乾式タイプの一辺倒だった。そこに、このところ変化が起きている。小舞下地の土壁に復権の兆しがあり、実際に小舞壁のできる若い職人も増えてきているのだ。
きっかけは、平成15年の建築基準法の告示改正だ。壁倍率の見直しや限界耐力計算法の採用などで、木造伝統構法が見直されるようになった。
また、健康建材・エコ建材としての漆喰壁や珪藻土壁に注目が集まるにつれて、土壁の下地となる小舞壁も見直されるようになってきた。小舞壁自体も吸放湿性や断熱性が高い、優れた壁下地だ。
小舞下地とは、柱間に貫を通し、竹や細木を床や藁縄で格子状に編んだ壁の下地のこと。その下地に藁や糊など入れて練り上げた粘土を塗り、さらには漆喰や珪藻土などで上塗りすると土壁が完成する。

 

小舞下地から土壁までの工程

下地つくり:柱や貫に間渡し竹を固定して、小舞竹を藁縄で組む(以前は小舞職人が組んだ)
荒壁つくり:小舞下地に粘土を塗り込む
貫伏せ:貫に麻や藁を貼り付ける
チリ回し:チリとは、四隅のこと。四隅に土を回し、仕上げ面を揃える
チリ決り・むら直し:土で柱のチリ決りを埋め、塗りむらをなくす
中塗り:土を再度塗る
上塗り:漆喰などの上塗りをする
このような工程をすべて行うと、3カ月から半年、長い場合は1年以上もの時間がかかる。また、これら自然素材を季節や気温、湿度などの天候や気象を考えながら作業するには、長年のや腕が必要だ。
このように、手間と時間と費用がかかるが、やっと少しずつではあるが見直されつつあるのは嬉しいことだ。

土壁に使われる竹小舞下地

チリ廻りに使う道具と材料

きっかけ
チリ幅を定める定木

 

チリぼうき
水で濡らして、チリ廻りについた土などを落とす

 

チリとんぼ
麻を小釘に結んだもので、チリすき防止に使う

のれん
竹ひごに寒箔粉を巻きつて、チリ切れを防止する